昭和38年
横綱代々にて、京都相撲の横綱免許力士、磯風が近く公認される。吉田長善氏は磯風音次郎を横綱として推薦するため遺族、遺跡を探していたが、4日に磯風の甥が名乗り出たため、証拠資料が出揃ったという。吉田司家では九州場所までに時津風理事長らと話し合い、17人目の横綱として追認する予定である。
(解説)
磯風は大津出身、京都相撲の力士であるが、兄の磯嵐と共に脱退中の明治23年5月、司家から横綱免許を得ている。このように、昭和30年代後半には主に読売系で横綱追認の機運もあったが、実力的には疑わしく、結局公式に追認される事はなかった。それでも「大相撲」では長く歴代横綱欄に注釈付で顔を出していたため、記憶に残っている方も多いのではないだろうか。
なお、吉田司家の横綱免許については、厳密な基準なく類似の免許を含めて発行されていた事は、近年指摘されるところである。
写真は「大相撲」より、横綱公認の機運を報じる特集記事。
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